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樋爪氏の墓(栃木県宇都宮市) §240

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九鬼トシユキです。
樋爪氏のお墓を見るために宇都宮駅から歩いていくと、
田川沿いに咲き誇る桜に目を奪われ、
足は自然と田川沿いの方向へ伸びます…
桜は何枚撮っても、
もう1枚もう1枚と撮りたくなりで、
いくらでも撮りたくなってしまいますね!

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さて樋爪氏です。
源頼朝が奥州藤原氏を攻めるために宇都宮へ立ち寄り、
二荒山神社で戦勝祈願をすると共に、
無事に征討がなった際には生贄を献上することを約束しました。
その生贄が奥州藤原氏の家来であった樋爪氏、
捕虜となって宇都宮へ連れて来られたわけです。
生贄となった樋爪氏の役割というのは、
生贄という文字が何だか怖そうなイメージを放っていますが、
神職となって神社の業務に務めていたようです。
樋爪氏の墓の案内板を見ると、
「なお、この二つの墓には、二荒山神社にかかわる秘話が伝えられている」
という文言で終わっています。
その秘話とは?
と気になるところですが、
宇都宮市に残る伝説でその答えが出てきます。
樋爪氏は、
故郷の奥州へ帰りたいと思って逃げ出し、
捕まったその場で斬り殺されてしまったと…
それを哀れに思った土地の人が墓碑を建てて、
その墓碑が「樋爪氏の墓」として今日に伝えられているというのです。
秘話を伝える史跡ではありますが、
宇都宮と東北地方との接点を伝える史跡でもありますね。

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樋爪氏の墓

名胡桃城を見る §237

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九鬼トシユキです。

去年に初めて名胡桃城を訪れ、
そして名胡桃城について勉強してみると、
よく真田家は自領を守り抜いたなぁと思います。

1582年に武田家が織田信長によって滅ぼされ、
その信長も間もなく亡くなります。
信長死去後、
旧武田家の領地争いが徳川家、北条家、上杉家の間で起こり、
小勢力である真田家が存続するには、
その強大な3勢力とうまく関わることが不可欠の課題。

まず上杉家を頼っては離反し、
次いで北条家を頼ります。
北条家と徳川家が激突すると徳川家につく。
北条家と徳川家が手を結ぶと、
徳川家を離反して再び上杉家を頼る。
その後で秀吉に近づいて臣従すると…

こうして真田家は家を存続させることができましたが、
徳川家と北条家が手を結んだとき、
両家の間で決められてしまった境界線の問題は残ったままです。
真田家の領地がある沼田や名胡桃などの上野国(群馬県)は、
北条家が好きにして良いということになってしまったんですよね。

この上野国の真田家領地問題は、
未解決のまま約7年の歳月が流れ、
最終的に秀吉による「沼田裁定」によって解決します。
沼田を含む3分の2が北条家の所領となり、
名胡桃を含む3分の1が真田家の所領になりました。

その間、
北条家は何度も沼田に攻めてきましたし、
徳川家も上田を攻撃しています。
徳川家と北条家を同時期に相手にし、
そして自領を守り抜いた真田家の力は恐ろしいほど凄まじい。



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名胡桃城